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弁護士が教える「痴漢に間違われたときの法律知識」 第5回(最終回)

突然、部下の代理人弁護士から連絡が! 上司として、会社としてどう対応する?

[ 戸髙 広海<とだか・ひろうみ>(弁護士)]

満員電車のなかで、もしも痴漢を疑われたら? そのとたん、あなたの平穏な日常生活は一変してしまうかもしれません。疑いを晴らし、平穏な生活を取り戻すためにはどう行動するのが最善なのか。刑事事件にくわしい弁護士がやさしく解説します。

痴漢に間違われたときの法律知識

もしも部下が「痴漢で逮捕」されたら…

 ふだん真面目な部下が、会社を無断欠勤した。携帯に電話しても出ないし、メールしても返事がない。独身の一人暮らしなので、家族に連絡したものか迷っていると、部下の代理人という弁護士から、会社に電話がかかってきた…。

 もしそんな事態が起きたら、上司であるあなたはどんな対応をとるでしょうか?

 本連載では、これまで4回にわたって「痴漢に間違われたときの法律知識」を解説してきましたが、最終回である今回は少し視点を変えて、「部下が痴漢に間違われて逮捕されたときの法律知識」について解説します。

気になる疑問①
「逮捕された」という事実は、会社にどのような経過で伝わるものか?

 出勤途上に逮捕されたとなれば、通常、会社には連絡する余裕はありませんから、その方は無断欠勤の状態になります。この場合、ご本人がいち早く弁護士を呼んで、家族への連絡がうまくいけば、会社にも、しばらく出勤できないことが伝わるかもしれません。

 しかし、会社において「社員が逮捕された」という事実を知ることは、そう多くはないと思われます。というのも、警察は、逮捕した方の勤務先に必ず連絡するというわけではないからです(第1回 いきなり痴漢に間違われて逮捕されたら…いったいそれからどうなる?参照)。
 警察から連絡が来るのは、事件に関係する証拠の押収など捜査の一環としてなされるケースぐらいだと考えられます。

 もちろん、他の社員が逮捕の場面に出くわしたとか、報道やSNSによって逮捕の事実が公表されたという場合は別です。無断欠勤が続いて周囲が「おかしい」と感じ始めた頃に、逮捕の事実が明らかになることも考えられるでしょう。

気になる疑問②
部下の代理人弁護士から、「協力してほしい」と連絡が来たら?

 弁護士は、依頼者の拘束を早く解くために、勾留を決める裁判官を説得する材料を探しています。たとえば、依頼者から「今まで会社を無断で休んだことはありませんし、それなりの給与をもらっています」とか「2日後に自分が責任者になっている交渉が予定されています」とか聞いたとしましょう。この場合、弁護士は、

  • 「今まで会社を無断で休んだことはないし、それなりの給与をもらっている」
     →そのような地位を捨ててまで逃げるはずがない
  • 「2日後に自分が責任者になっている交渉が予定されている」
     →勾留によって本人以上に会社に損失を与えることになるから、そのような犠牲を与えてまで勾留をすべきではない

 と主張しようとします。
 そして、本人の言い分だけでは裁判官を説得できないから、会社の人にも同様のことを書面で書いてもらいたいと考えるわけです(「上申書」「陳述書」というタイトルが多いでしょう)。
 もっとも、会社には逮捕の事実を知られたくないので、弁護士は依頼者とよく相談の上、信頼が厚い方に対し、会社を通さずに協力をお願いすることになろうかと思います。

 ただでさえ「逮捕」という事実は、その方が犯罪者であるとの疑いを抱かせるものです。部下の代理人弁護士から連絡が来れば不審に思うのも当然です。
 しかし、無実を訴える部下にしてみれば、わらにもすがる思いで信頼する上司に助けを求めているので、まずは弁護士の話を聞いて、協力できる範囲で協力していただければと思います。

 私が担当したケースでは、ある上司の方が、日頃から公私ともに仲が良く会社のために早く釈放させたいということで、身元引受書まで書いてくれたこともありました。

気になる疑問③
逮捕を知った社長が「クビにしろ!」と言うのだが…。

 逮捕されたからといって、会社はその方に対し、直ちに解雇などの懲戒処分を下せるわけではありません。

 多くの会社では、懲戒事由として「不名誉な行為をして会社の名誉、信用を毀損した」ことや、「犯罪行為をした」ことを就業規則に定めているかと思われます。しかし、使用者は、原則として従業員の私生活まで管理する権限はありません
 最高裁判所の判例上、従業員の私生活上の言動は、「企業秩序に直接の関連を有するもの」「企業の社会的評価を客観的に毀損するものである」場合にのみ、懲戒事由の対象になるとされています。

 逮捕はあくまで「犯罪を犯した疑いがある」段階であって、有罪であることが確定しているわけではありません。したがって正式な処分は、たとえば罰金刑などの有罪判決が確定した段階で初めて下されるべきです。

 また、不起訴処分といって、裁判にかけられないで済むことも十分あります。この場合、裁判にかけるだけの証拠や事実関係がない場合(嫌疑不十分)と、犯罪の成立は認められるけれども、示談が成立したなどの事情を考慮して裁判にはかけない場合(起訴猶予)があります。
 いずれせよ、ご本人から十分に事情を聞き取った上で、慎重に処分を決めるべきでしょう。

 なお、懲戒解雇の場合でも、原則として30日前の解雇予告か、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります。これらのことをせずに即時に解雇するためには、事前に労働基準監督署長の認定(解雇予告除外認定)を受けなければなりませんので、ご注意ください。

▼連載『弁護士が教える「痴漢に間違われたときの法律知識」』
著者 : 戸髙 広海<とだか・ひろうみ>(弁護士) 早稲田大学法学部卒、同大学院法務研究科修了。2013年弁護士登録。東京弁護士会刑事弁護委員会委員、同・民事訴訟問題等特別委員会委員。東京弁護士会が設置した法律事務所にて、日夜、刑事弁護に勤しむとともに、地域の人々が抱える様々な法律問題に幅広く取り組む。
北千住パブリック法律事務所

 また弁護士間の経験交流の場では、自身のフィードバックし、「志のある優れた弁護士」を目指して奮闘中。
弁護士マイスター】 *弁護士マイスターとは、志のある優れた弁護士をめざすネットワークです。若手弁護士、先輩弁護士の経験交流を目的として学習会・討論会などを開催しています。
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