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「雇用と賃金」に関する素朴な疑問 第3回

「同一労働同一賃金」は日本人の働き方を変えますか?

[ 取材・構成/企業実務オンライン編集部 ]

「同一労働同一賃金」というキーワードが注目を集めています。一見すると、とてもシンプルなメッセージに聞こえますが、本当にそれで平等な賃金制度は実現するのでしょうか? 「同一労働同一賃金」に関する素朴な疑問を日本総合研究所の山田久氏に伺いました。

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「同一労働同一賃金」の実現に向けて、日本の雇用は変わっていくのでしょうか?

 じつは、すでに10年以上前から、「同一労働同一賃金」へ向けた取り組みは少しずつ進んでいました。それが、〝日本版〟成果主義とでもいえる動きです。

 1990年代末頃から2000年代前半にかけて、成果主義ブームの下、日本の企業では、長期継続雇用を極力残しつつ、年功賃金のみを是正しようという取り組みが行なわれてきました。成果主義は、賃金制度を属人給から仕事給に転換するという意味において、「同一労働同一賃金」原理を導入する動きといえます。

 しかし、雇用調整の難しい現行の雇用システム下でのこの取り組みは、結果的に縮小均衡型経営をもたらすこととなりました。
 不採算部門を温存したまま、雇用維持・賃金抑制という組み合わせは、社員のモチベーションを低下させ、事業創造を遅らせるという悪循環をもたらしたのです。

日本の就社型雇用システムは変わるか?

 一方、2000年代後半以降、非正規社員の不安定雇用が社会問題化するなかで、非正規の正社員化、あるいは有期雇用の無期化といった非正規社員の処遇改善に向けた取り組みがされています。

 これらは必要な措置である一方、そもそも非正規雇用が大幅に増えた背景には、現行制度の下では「正社員の雇用調整が難しい」という事情を見逃せません。企業が〝雇用の調整弁〟として非正社員を増やしてきたという事実を無視して、非正社員の処遇を一方的に改善することは、企業から経営の柔軟性を奪うことにつながります。

 企業の安定的な継続なくして雇用の安定はありません。非正社員の処遇改善が企業の首を絞める結果になるようでは、本末転倒でしょう。

 成果主義化も、非正規社員の処遇改善も、その目指す先にあるのは「同一労働同一賃金」原則が目指すものと重なります。そして、いずれの取り組みをとっても、「正社員の雇用調整が難しい」という状況を放置したままでは、どこかにしわ寄せがいき、問題が生じてしまいます。


つまり、いまの正社員のあり方を変えずに「同一労働同一賃金」を実現することはできない、ということですか?

 そう思います。本気で「同一労働同一賃金」原則を導入するのであれば、いずれかの時点で日本型雇用システムの根幹である「就社型雇用システム」を見直すことは不可欠でしょう。

 結局のところ「同一労働同一賃金」という考えは、職務型雇用システムの上に立つものですから、「同一労働同一賃金」を実現するのであれば、どうしても職務型の雇用システムを導入することが必要となるわけです。

カギを握る「限定正社員」(=多様な正社員)

 ワークライフバランスの観点から、限定正社員(多様な正社員)の導入の必要性が謳われてきましたが、この限定正社員は「職務型」を想定した働き方であり、そのため非正規社員との間で「同一労働同一賃金」が適用しやすいという特徴があります。

 「同一労働同一賃金」の前提として職務給が広く機能するには、この職務限定型の正社員が普及することが、重要なポイントとなるのではないでしょうか。


限定正社員の普及をテコに、日本の雇用システムは職能型から職務型へ変わっていく、ということでしょうか。

 そうともいえません。職務型雇用システムは、決して理想の仕組みということではないからです。

 たとえば、職務型では、企業内での人材育成のインセンティブが働きにくくなります。欧米では企業の外に人材育成の仕組みが存在することでこの点を補っていますが、日本の企業内教育の仕組みは、日本企業の競争力の源泉でもあります。

 そこで、「職能型雇用システム・年功制」から「職務型雇用システム・同一労働同一賃金」へ、という単純な図式ではなく、2つのシステムを有機的に掛け合わせるような新しい雇用システムを模索するべきだと考えています。

 日本の正社員は、いわば「職種無限定・高賃金」タイプで、これがきめ細かで高品質という日本企業の競争力の源泉となってきました。
 ですが、もはやこの雇用システムを維持することはできません。

 そこで、この「職種無限定・高賃金」タイプを基本にしつつ、新たに「職種限定・高賃金」タイプの限定正社員を増やすという〝ハイブリッド型〟雇用システムを実現することで、環境の変化に対応しつつ、日本企業の競争力の源泉である「日本的なもの」を堅持する方向を目指すべきだと考えています。

働く人の多様性に対応するための新たな社会を

 「同一労働同一賃金」を導入するには、長期的に見れば、雇用制度そのものをはじめ、教育、住居、福祉にまたがる社会制度全体の見直しも必要になります。

 具体的には、職務型の限定正社員、とくに「職種限定・高賃金」タイプの社員が普及するためには、企業横断的な、

  • 職種別の作業プロセスの共有化
  • 能力認定の仕組みの構築
  • 人的ネットワークの形成

 が求められます。

 一方、職務給が一般化すれば年功カーブがフラット化するため、子どもの教育費や住居費に関する私的負担を軽減する必要が出てきます(「同一労働同一賃金」で働く人の賃金は平等になりますか?参照)。
 具体的には、先進国のなかでも大幅に低い日本の公的教育費を増額することに加えて、中古住宅整備等により居住コストの引き下げることが望まれます。

 もっとも、こうした社会制度の見直しは、「同一労働同一賃金」を実現するためという捉え方は、「逆」ではないかと思います。
 むしろ、多様な労働者の能力を生かし経済を活性化させていくために、〝働く人の多様性〟に対応できるような、新しい社会構造を構築する必要がある、と考えるほうが正しいのではないでしょうか。

 いずれにせよ、「同一労働同一賃金」の問題は、単に賃金のあり方を見直すという話ではなく、経済社会環境の変化に応じて、雇用制度や関連する生活保障の仕組み全般を見直すという大きな流れのなかに位置づけていくべきテーマだと考えています。

山田 久(やまだ・ひさし)

日本総合研究所調査部長/チーフエコノミスト

1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業後、87年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、93年から 日本総合研究所へ。2011年から現職。著書に『賃金デフレ』(ちくま新書)、『雇用再生―戦後最悪の危機からどう脱出するか』(日本経済新聞出版社)、『デフレ反転の成長戦略「値下げ・賃下げの罠」からどう脱却するか」など。
株式会社 日本総合研究所

▼連載 「雇用と賃金」に関する素朴な疑問
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