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今週の話材「怪談」

怪談「番町皿屋敷」に秘められた鎮魂への祈り

[ 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター)]

夏といえば「怪談話」。その昔は暑さも忘れる人力冷房であった。それにしても、今も残る江戸の怪談は、怪談だけに意味不明なことが多い。たとえば各地に残る「皿屋敷」の怪談は、皿とは関係ない。その裏に隠されているのは、江戸時代最大のタブーである…。

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皿屋敷とは「サラ地屋敷跡」のこと

 江戸の怪談で有名なのは「番町皿屋敷」である。

 ある旗本の女中お菊が10枚組の皿を1枚割ってしまい、その罪で主人に切り殺される。それを恨んでお菊は、夜な夜な幽霊となって「1枚、2枚…」と皿を数えて、10枚目がないのでワッと泣く。

 そのお菊の塚が神奈川県平塚市の繁華街の小さな公園の片隅に今も残る。説明板にお菊は、その地の庄屋の娘とあるが、奉公先の旗本の名前はない。

 番町皿屋敷で興味深いのは、幽霊のお菊が皿を「8枚、9枚…」と数えた時、間髪を入れず僧侶が「じゅう!」と叫ぶと幽霊は消えてしまったと伝えられることである。

 「じゅう(十)」とは十字架に通じる。江戸時代の御法度の冒頭は「切支丹禁制」だったので、番町皿屋敷は、キリシタンの咎で改易された旗本屋敷の跡で、その後はサラ地にされたものだろう。

 というのも皿屋敷伝説は江戸だけではなく、出雲松江(島根県)の雲州皿屋敷、加賀(石川県)前田家の金沢皿屋敷、播州(兵庫県)皿屋敷とあるが、初期の藩主はいずれもキリシタンに好意的だった大名の城下である。加賀前田家は家老の1人が棄教せずに追放された。

 江戸時代初期の厳しいキリシタン追放の中で、改易、サラ地になった武家屋敷が皿屋敷伝説と化した。幕府禁制の筆頭の大罪ゆえ理由も語られずサラ地の屋敷跡になったので、皿屋敷の怪談が付説されたものである。

 女中の「菊」の名は、天界の声を「聞く」に通じる。したがって次のような犠牲にもなる。

累ケ渕とキリシタンの関東開拓の影

 下総国岡田羽生村で、夫に殺された累(かさね)の霊が夫の息子の嫁である菊にとり憑く話が「真景累ケ渕」(しんけいかさねがふち)である。

 累の死霊に取りつかれた菊は、口から泡を吹き、咆哮し、のたうちまわって、夫や村人の悪事を暴露する。邪霊や死霊を払うのは巫女や修験者の仕事だが、累の死霊は退散しない。そこで東京目黒に祐天寺の名を残す後の増上寺座主・顕誉祐天上人の登場となる。

 そもそも羽生村は、今日の茨城県常総市で、鬼怒川の対岸に祐天が修行する浄土宗壇林(学問所)の飯沼・弘経寺があった。この一帶は利根川や鬼怒川が乱流し、西国のキリシタン弾圧を逃れた信徒たちが開拓をした。これは家康が江戸に入って以来の政策である。

 西国でキリシタンの累家(旧家)は、信仰の有無に関係なく七親等まで取り締まられた。死霊となった女性を「累」と書いてカサネと読むのも、累家と関係すると思われる。

 累は醜女だったが田畑があり、それを目当てに与右衛門が入り婿した。土地が目当ての与右衛門は、累を鬼怒川に突き落とすと、自らも川に入り馬乗りとなり、首を絞めて殺害した。それを村人も目撃したが誰も知らぬ顔をして、累は川で事故死と届けて済んだ。

 村人から見れば、恐らく累は1人だけ残ったキリシタン信者で、村人の迫害の対象だったに違いない。

信仰を超えてキリシタンを懇ろに弔った祐天上人

 間もなく与右衛門は後妻を迎えて、6人もの子を成した。何事もなく歳月は流れて26年後、息子が嫁を迎えた。名は菊である。すると累の死霊が菊に乗り移るようになった。

 衆人環視の中で与右衛門の悪事を菊の口から喚き散らした。それも1回ならずで、村中の人が集まる中で、のたうち回る菊が村人の悪事をも口走る。これが「口走る」の原義である。

 菊はたびたび憑依されるので衰弱し、村人は恥じて、その噂は対岸の飯沼弘経寺の祐天の耳にも入り、30 代の若い祐天は、累の死霊と対決して、成仏させた。江戸のエクソシストである。

 この「累ケ渕」の出来事は、祐天上人の弟子が『死霊解脱物語聞書』の中に収録して、5代将軍綱吉の元禄3年に刊行された。

 同年から5年まで、京・大阪から羽生村などへキリシタンの7親等までの類族が送り込まれた。1人の信者がいれば40名前後の一族が北関東の開拓に駆り出された。膨大な人数になったと『京都御所日記』が驚いて記す。

 綱吉の生類憐みの令下、祐天上人は、開拓地でのキリシタンの迫害を禁じ、信仰を超えて懇ろに弔うことを布教した人である。

▼「今週の話材」
著者 : 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター) 1949年、神奈川県に生まれる。日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家に。「万年書生」と称し、東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら「人間とは何か」を追求。著書に『「散歩学」のすすめ』(中公新書クラレ)、『江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた サムライと庶民365日の真実』(講談社プラスα新書)などがある。
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