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今週の話材「噂」

心の鎖国は未だ解けず?災害時に広がる外国人をめぐる「噂」

[ 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター)]

世はグローバル時代。英語を社内公用語にしたり、外国人を社長に迎えたりする企業も珍しくない。その一方で、大きな災害が起こるたび、外国人をめぐり根も葉もない噂が流れる。今回は、そうした「噂」の温故知新。

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噂が一揆にまで発展した膏(あぶら)取り騒動

「外国人による空き巣が起きている」

 関東・東北豪雨で、茨城県常総市の鬼怒川堤防が決壊してからしばらくの間、そんな書き込みがインターネット上で拡散し、近隣住民の間に噂が広がったという。似たような流言は、東日本大震災や広島土砂災害の被災地でも生じた。

 一歩間違えれば外国人迫害にもつながる噂だが、こうした噂は歴史上も度々発生している。それはどのようにして生まれたのか。

 外国人への偏見が一揆にまで発展したことがある。ことの起こりは明治4年(1871)の春、維新政府の戸籍制度改正に始まる。その調査は当時の人々が初めて体験するほど詳細なもので、役人が一軒一軒の家を回って、家族の年齢を綿密に調べては家屋に番号をつけた。

 折から世は御一新で、異人は見かけるわ、新しいことばかりで、地方の農民たちの間には不安が渦巻いていた。

 騒動が起こったのは四国の高知市を中心とする一帯。戸籍調査が進むなかで、農民たちの間にこんな噂が流れた。

「戸籍調査は、異人に日本人を売り飛ばすためで、男は異人の奴隷に、女は異人の妾に売る手はずになっている。家ごとに戸籍番号をつけたのは、売り飛ばすときの順番を示すものだ。もちろん官吏どもは手数料を異人から受け取ることになっている。
異人は残忍で、人体を烈火にかけて、その膏(あぶら)をとって、これを飲む。異人に売られたらおしまいだ」

 住民が不安がっていた戸籍調査と外国人に対する偏見が組み合わさって、飛んだ流言になった。

 この噂は自然発生的に生まれたわけではない。ある修験者が、神様の託宣と称して流した噂だった。その狙いは、県から官吏を追い出し、藩を復活させ、鎖国攘夷を実現させようとするものである。

 明治4年の大晦日のことだった。噂に戦慄した高知市周辺の農民の間で、ついに戸籍調査反対の一揆が燃え上がった。かなりの大一揆だったが、明けて明治5年1月に出動した軍隊によってあっさり鎮圧された。この事件を世に「膏取り騒動」という。

異文化との遭遇が荒唐無稽な流言を信じる温床に

 それにしてもこの噂、男と子供を火にかけて膏を絞って、これを異人に供するとは、あまりに奇想天外でにわかに信じがたい。ところが、である。そんな噂を信じてしまう土壌があった。

 当時、高知市の五大山の麓に最新式の洋式病院があり、そこでは外国人の医師が働いていた。その光景を覗き見た周辺の農民たちは、異人の姿を見るのも初めてなら、その習慣にも驚いた。

 西洋人医師は、油が燃えて血の滴る肉を小刀で刻みながら食べ、さもうまそうに血のような赤い液体(ワイン)を飲む。肉食を禁じていた日本人から見れば、何とも異様な食事ぶりだった。

 いったい、その肉と油と血(赤い液体)はどうやって手に入れるのか、と農民たちが思案したとき、頭に浮かんだのが病院のベッドである。これも初めて見るもので、よく見るとマットの下には金網が張ってあり、それが魚を焼くときの網を連想させた。

 異人は日本人をベッドに寝かせて、下から火を焚いて膏を絞り取り、それを食事のときに飲むに違いない…。

 かくて洋式病院はこんな噂となって田舎に伝えられた。

「あの病院という建物に連れて行かれると、金網の上に寝かされて膏を絞られながら、しかも本人はニタニタ笑いながら死んでゆくのだ――」

▼「今週の話材」

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著者 : 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター) 1949年、神奈川県に生まれる。日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家に。「万年書生」と称し、東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら「人間とは何か」を追求。著書に『「散歩学」のすすめ』(中公新書クラレ)、『江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた サムライと庶民365日の真実』(講談社プラスα新書)などがある。
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