全然オメデタクない曲で祝う日本の結婚式
忌み言葉というのがある。
結婚式などで「切る」「別れる」「去る」「出る」などの不吉な言葉はタブー。「はなむけの言葉」というのも、別れの言葉なのでダメ。
ところが、式場で流れるウエディング・マーチを気に留める人はいない。さる作曲家が言う。
「ウエディング・マーチは歌劇『ローエングリン』の一節だが、どんな内容の歌劇かご存知か?
この歌劇は、恋人同士が結ばれようとする土壇場で、娘がうっかり約束を破ったために、男が消えてしまうという悲劇。なぜ、こんな不吉な歌劇の一節を結婚式に演奏するのかわからない。しかも一流ホテルでも演奏する。どうしてだろう?」
ウエディング・マーチだけではない。古い日本映画などを観ると、結婚式の場面で「高砂や」という歌を歌っている。この歌も、おめでたい歌のようで少しもおめでたくない。
念のために歌の文句を書くと…。
高砂や、この浦船に帆を上げて〜
月もろともに出で汐の、波の淡路や島影や
遠く鳴尾の沖すぎて、はや佳の江につきにけり〜
「月もろともに出で汐の」と「出る」という忌み言葉まで登場している。
しかも歌詞の意味は「九州から都見物に上る途中の旅人の歌」。全然、結婚式とは関係ない。
この歌が、なぜか“めでたい歌”として江戸時代の中期頃から、中級から下級の武士の間で始まった。
まさか、結婚を「航海」と「後悔」にシャレているわけでもなかろうに。
意外に新しい「神前結婚式」の起源
最近はチャペルで結婚式を挙げるカップルも多いが、やはり日本人なら神前で…というのはじつは大きな間違い。神前結婚が、日本の伝統的な結婚式のスタイルというわけではない。
神前結婚式の始まりは、明治 33 年( 1900 )のこと。ときの皇太子殿下(後の大正天皇)の御成婚式を記念して、東京大神宮が神前結婚式を始めた。
これが、神前結婚の起源である。
今から 100 年以上も昔なので、古いと言えば古いが、伝統というには新しすぎる。
それ以前は、自宅に親類を集めて固めの盃。「高砂や〜」とやる程度で、後はもうお床入りでおしまい。身内でひっそりというのが伝統的な結婚式なのでした。
なんのことはない、身内や友人・知人を証人として結婚式を行う「人前結婚式」のほうが、伝統的な日本の結婚式に近いスタイルなのであった。
自由民権運動家・中江兆民が始めた「告別式」
お葬式も変わった。
「通夜」があって、「葬儀」があって「告別式」があるが、告別式と葬儀を混同していることが多い。
このふたつ、本来は別のもので、結婚式と披露宴が違うのと同じぐらい違う。
葬儀は、宗教的な儀式で個人の宗旨にのっとって行われる。
場所は個人の自宅。仏式なら僧侶を、神式なら神官を呼んで家庭で行う。参加するのは家族・親類や親しい人たちだけ。
告別式のほうは、知人たちと告別をするためで、これは非宗教的な儀式。僧侶も神官も呼ばずに、寺院や葬儀場などの大きな会場で行う。
宗教色のない儀式なので、読経の代わりに名士の弔辞が読まれたり、哀悼演説があったりする。
弔辞は、葬儀の読経の代わりなのだ。
そもそも告別式に、そんなに古い歴史はない。告別式を行った第1号は、明治の自由民権運動家で知られる中江兆民。明治31年(1898)のことである。
それ以来、東京の名士の間で告別式が行われるようになった。大正十年代にはけっこう普及して、この新風習を当時の評論家たちが嘆いている。
非宗教的な儀式だった告別式も、今はその精神が葬り去られて、ただの葬儀の別名となった。わずか100年余りで変わってしまうものだ。
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