申告書は、立派な「法律文書」である!
――弁護士や税理士、公認会計士といった専門家を対象とした「税務調査士」という新しい民間の認定資格制度を作られましたね。税務調査、あるいは税務実務といえば税理士の仕事と考えるのが一般的ですが、そこになぜ、弁護士なのでしょうか。
たしかに、税務調査をはじめ、税務実務は税理士の仕事だと思われています。しかし、トラブルが起きて課税庁との争いともなれば、ここから先は弁護士が入れる仕事になります。
それならば、あらかじめ法律に強い税理士と税務に強い弁護士が協力し、納税者を守る最強のチームで税務実務を行えば、納税者は安心して税務調査に臨むことができると考えました。
というのも租税訴訟では、勝敗を決める中核である事実認定の相当な部分が、訴訟になる前に、不利益に確定してしまっています。しかし、申告書を作る段階、あるいはその前の経営活動の段階から税務にくわしい弁護士が加われば、その後の税務調査の段階で予想される法律上のリスクが明確になる。そうすれば、トラブルを避けるために事前の手だてを講じることができます。
そもそも、申告書の本質は「法律文書」です。
意外に思われるかもしれませんが、申告書は、法律に定められている要件を満たすための証拠を整え、それを数字に落とし込んで作る、立派な法律文書なのです。
税法は通達によって“縛られている”
税法はたくさんの通達によって解釈されますが、国が出す通達は、冷静にみれば法律のひとつの解釈に過ぎません。しかし、課税庁側が示す解釈であるわけですから、税務実務の現実では、その意味するところは重い。
税法は、事実上、多くの通達によって“縛られている”法律といえます。
そのため納税者側にすれば、通達をどのように解釈して実務に落とし込むか、ケースによっては判断がとても難しくなる。実務家にとって、税法は最も難易度が高い法律といえるでしょう。
税法を使って納税実務を扱う税理士は、考えようによっては、弁護士よりも高度な法律家でなければなりません。ところが現実には、税理士の方は自分を法律家とは考えていない。申告書は、税務署へ提出するための「会計文書」だと思っています。
しかし、「申告書は法律文書である」としっかり認識し、法律専門家の基本的な技術である法的三段論法を使って税務を理解すれば、事実関係の認定に証拠がどのように影響してくるかが明確になります。
法律上、どこに問題が生じるかを予見することができるのです。
法律事項のすべてが、最後は税金に関わってくる
――鳥飼先生は“税務部門に強い弁護士”として有名ですが、税務分野に力を入れようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。
じつをいうと弁護士になった当初は、「絶対に税法だけはやらないぞ」と思っていました。というのも父親が税理士だったもので、司法試験の勉強をしながら、父の会計事務所で記帳業務の手伝いをしていた時期があります。
いまでこそ、「税務は税法を使った高度な法律実務です」と皆さんに申し上げていますが、その頃は私自身が、「税務は会計だ」と思い込んでいました。
――それが、なぜ?
弁護士になってから、たまたまある会社のM&Aを代理したときのことです。法律事項というのは、最終的にすべて税金に関わってくる、ということを痛感させられる出来ごとがありました。
220 億円のM&Aで租税負担額が重要な案件でした。そのときに検討していた手法が、税法上、AとBのどちらに当てはまるかで、依頼者の負担する税額に影響する税率が20%になるか、80%になるかというほど大きく違っていた。
そのために、M&Aの専門家に当該案件で依頼者に適用される税率及びその根拠について、教えを乞いました。
ところが、多くの専門家のなかに税法にくわしい者が誰もおらず、どちらの税率が適用になるのか、判断することができませんでした。