―― 椿は主に本州の海岸付近に分布する。
中世末期の熊野の歩き巫女と呼ばれる女性は、熊野御師と連れ立って全国を回った。その際、男は梛木を手にし、女は椿を手にしていた、と柳田国男は推測している。
古来より椿油は不老長寿の油で知られ、椿は神聖な占いの花だったので、転じて椿を庭に植えることを避けた。以来、椿の花の落ちる風情から武家は首が落ちる、と嫌った。
西洋の椿も日本から渡ったものである。戦国時代末期にイエズス会の宣教師がヨーロッパに伝えたが、本部のあるパリの王宮の温室に長く栽培された。その間 300 年。ナポレオンの皇后ジョセフィーヌが宮廷温室の椿の花を愛して、常に衣装に椿をあしらった。そこからデュマの小説『椿姫』が生まれて、オペラ『椿姫』に。
以上はフランス高等社会科学院歴史センターのアンヌ・マルタン=フュジェの記述。当時、椿は「日本のバラ」と呼ばれてヨーロッパ貴婦人のファッションの一部となった。