雨が降ると危ない「林(ハヤシ=速し)」「抜(ヌケ)」
しつこい残暑が終わり、涼しい秋風が吹き込むようになると、一気に秋が深まるのを感じる。各地から届く紅葉の便りに、「紅葉狩りがてら、ハイキングにでも行ってみるか」という気分になってくるご仁も多いのではなかろうか。
最近は「山ガール」といわれる若い女性層の登山者も増えているが、それでも登山愛好者の中心は、やはり40代〜70代の中高年層だろう。
登山に危険はつきものだが、中高年ともなれば体力・俊敏性に劣るので、遭難などのトラブルに巻き込まれる確率も高まる。
平成28年6月に警察庁生活安全局地域課が発表した調査によると、平成27年中に山で遭難した人の51.4%が60歳以上で、亡くなったり行方不明になった人の9割は40歳以上の登山者だ。
健康増進を狙った登山が冥土への旅になっては目も当てられぬ。そこで、体力不足は知恵で補うしかない。で、地図など見て、地名から危険な場所を避ける手である。もちろんこれは、ふだんの散歩でも応用できる。
雨になると危険なのが付近に川のある「林」のつく地名で、「林」はハヤシ(速し)で、あっという間に豪雨などで急流となってしまう。たとえ川がなくても、その地名の場所は旧河川で、豪雨になるとたちまち川に戻る可能性がある。
この地名に「抜(ヌケ)」の名前が散らばっていたら、大急ぎで離れたほうがよい。ヌケは「抜沢」「蛇抜沢」など各地にあるが、土地などが陥没するか、穴があくかする。
「崩田」と書いて「ヌゲタ」と読ませるところもある。
むろん山というのは、天候がよいからといって安全ではない。雨が山に染み込み、岩盤と表土の間にあるシルト(粘土)層を溶かしてしまうと、ある晴れた日に、突然、表土が滑り落ち、崖崩れや山崩れとなる。もとより、そんな経験をした場所は地名として残る。
「杖」は各地にあり、「杖立」とか「杖突」などで、名僧などが杖を地中に立てたという伝説をともなったりする。「大杖」「明杖(あかつえ)」などもあり、「津江」と書いたりもする。ツエとは、ツエ(潰)で、かつて崩落した土地を意味する。
ツエ(潰)を「ツユ」と読ませて、「露口」「近露」などもある。
同じ意味で「久枝」もある。「クエ」と読むが、「崩れる」あるいは「土地が食われる」に由来した地名で、「久恵」「久江」「崩れ」などとも書く。これらの土地はすでに土砂崩れを経験した土地であり、再び起こる確率も高い。
険しい難所を表わす「ホケ」「ガレ」「ザレ」
歩くのに気をつけなければならないのが、各地の「保木(ほき)」で、「ホケ」とか「ホッキ」とも読む。
ホキとは古語で、「断崖の個所や山腹の険しいところ」を意味する。山歩きして滑落・転落の多い場所だが、漢字の字面だけではわからない。「保喜」「堀切」「房木」「宝城」「保下(ほげ)」「洞(ほき)」などの当て字がされている。もっとも有名な四国吉野川上流の「大歩危(おおぼけ)」「小歩危(こぼけ)」のように、見るからに歩くのが危なそうな漢字もある。
中高年は近づくのも避けたほうがよいのが、「ガレ」「ザレ」「ゾレ」の地名。崩れやすい岩だらけの急斜面や断崖に使われる。登山家はガレ登りを楽しんだりするが、それは体力と注意力と危険がともなうので、スリルを味わうに過ぎない。
ガレは「崩山」などと書かれるが、カレになって「涸沢」から、それを意訳して「水無沢」にしたり、カラになって「唐沢」、濁音で「柄沢」、さらにゴロに通じ、箱根山の「強羅(ゴウラ)」「五郎作山」「五郎沢」「号良沢」となると、いかにも字面だけ良い危険地帯である。
「ザレ」は「大坐礼山」(四国別子銅山東南)、佐渡の「大ざれ川」、神奈川県津久井郡には「石砂山(いしざれ)」もある。ザレがサレになってサルに通じ、「猿走」「猿江」「猿ヶ野」も、崩れやすい地名である。
もっとも、こんな地名を気にしていたら山などには入れない。危険な地名だからといって、いつも崩れているわけでもないし、地名はあくまでも地名で、それなりの注意さえ怠らなければ、千郷の心地を味わえるというものだ。
中高年の登山は、地図で地名を調べ、ルートを設定し、体調を整え、天候を配慮し、これだけの計画を一覧表にすれば、山登りで若返りが可能。これぞ中高年におススメ「不老チャート」方式登山。確実に帰宅して、孫と笑顔と嫁の仏頂面を見ることができる。
では、いってらっしゃい。
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