“半年生き延びた”ことを盛大に祝った江戸城の「中元」
現代では「中元」というよりも「お中元」といったほうがピンとくるだろう。日本では、夏の挨拶を兼ねて、お世話になっている人に「お中元」を贈る習慣がある。
そもそも「中元」は7月15日のこと。「中」というからには、「上元」も「下元」もある。
「上元」は1月15日で「下元」は10月15日。3つ合わせて「三元節」と呼ばれたが、江戸期には夏の「中元」が、盛大に祝われるようになった。
この日は江戸城の祝宴の日として、各大名と旗本が登城して「中元」を祝して、宴会を開いた。その意味は、
「無事に半年生き延びることができました」
というもので、今では想像もつかないかもしれないが、半年生きるのを祝うほどの苛酷さが当時はあった。
もちろん中元の祝宴は、明治維新で幕府が消滅するとともになくなる。それでも同じ心を込めて、祝宴のかわりに贈答品を贈りあった。
お中元の贈答が一般に広まったのは、明治30年代に百貨店が「お中元」大売り出しをしたのがきっかけといわれる。一部で行われていた中元の贈答習慣に、“夏枯れ”に悩む百貨店が目をつけたものだろう。
お中元の贈答品といえば、今でも冷たいビールや飲み物、食品等が多い。これもかつて江戸城で祝宴を開いた名残かもしれない。
なぜ進物に熨斗(のし)をつけるのか
ところで、お中元用の品物を買うと、「お熨斗(のし)はどうされますか?」と聞かれる。この「熨斗」についても、いまでは誤用のほうがまかり通っているようだ。
「熨斗」のことを「水引が印刷された白い紙」(掛紙)だと思っている人も多いに違いない。
「熨斗」は、いまやすっかり簡略化されて、白い紙の上に紅白で細長い六角形の短冊が印刷されていたりする。結婚式の祝儀袋となるともう少し丁寧で、熨斗の部分を折り紙の細工のようにしたものが貼り付けてある。
これが「熨斗」で、もはや丁寧な贈り物の印ぐらいにしか思われていない。
熨斗が印刷されたものを見ると、だいたい右上の位置に、控えめに鎮座していることが多い。しかし、これも正しくない。
江戸時代であれば、そんな位置に熨斗を付けて目上の人へ贈ろうものなら、大恥をかくか、烈火のごとく相手を怒らせたに違いない。
古くからのしきたりでは「熨斗」を付ける位置が決まっている。目上の人には進上物の真ん中に、目下の人には右に付けることになっている。
よくある「右上」に熨斗を印刷した掛紙は目下への進物の位置に近く、もともとしきたりにはなかったものだ。
熨斗の形が意味するところ
そもそも「熨斗」は、鮑(あわび)を伸ばしたものなので、あのような複雑な形をしている。
鮑を干して、平たく伸ばしたものを「打鮑(うちあわび)」または「長のし」(長伸の意)」といい、これを細かく刻んで、水につけて柔らかに蒸して食べると、精を増し、命を伸ばすといわれた。
古代から朝廷は、この鮑を貢ぎ物にする荘園を各地に設けたくらいである。
室町時代頃から、進物には「のし鮑」を紙に包んで添えるのが習慣となり、江戸時代まで、魚から花や品物まですべて贈り物には、「のし鮑」を付けたのではなく、のし鮑の包み方で包んだ。
具体的には、紙で「熨斗」のような鮑の形に包んだ。紙で下部のみを包み、水引で縛る。
その包み紙の折り方を略したものが、今日の「熨斗」の形だ。赤い部分は「のし鮑」をあらわし、白い部分が包み紙である。それで紅白の形になっているが、あくまでも略式の形。
正式な包み方は、三角形の複雑な襞を作る。その形から類推するに、女性の多産にあやかり、慶事が続くことを祈って贈り物に添えたのであろう。
ところで近代化を急いだ明治政府は、外国の目を気にして、それまでのしきたりを棄てたり、変更したりした。熨斗など、その典型であろう。のし鮑の包み方が、外国人には猥褻に見えるとでも思ったにちがいない。
日本の伝統といっても、古いしきたりを壊したものもある。伝統的しきたりを壊すのも、日本人のしきたりの一部である。
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